Jam Photo Gallery
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© 2021 Kiyoshi Niiyama

Current Exhibition

新山清生誕110年記念

Jam Photo Gallery Selection

ベークライトカメラ スタート35 新山清写真展
2021年10月12日(火) ~ 2021年10月24日(日) 12:00-19:00(日曜17:00迄) 月曜休廊

トイカメラ/ベークライトカメラ/子供カメラなどと呼ばれた「スタート35」は、1950年一光社が開発・発売し大評判となり、数多くの機種が生産されました。にも関わらず当時のネガを所有している人は多くありません。『私のカメラ初体験 現代カメラ新書No.16』(朝日ソノラマ・1976年)によると森山大道氏の初めてのカメラはスタートカメラだったらしく「そのカメラで写した写真の一枚すら手もとに残っていないことは、やはりとても残念な気がします。」と記載されていました。

 

新山清氏独特の視点とトイカメラらしい軽いフットワークによって撮影された素朴な街の様子、構えることなく優しい眼差しで写る人々の姿が多く写っています。また、新山清本人が被写体となっている写真など、一部息子の洋一氏による撮影も含まれています。トイカメラならではの風景と時代の切り取りをお楽しみいただける構成となっています。今回、新山清が残した800枚以上のネガから、Jam Photo Galleryセレクションとして、モダンプリント、作品集を販売いたします。

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© 2021 Yoshinori Kamei

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亀井義則写真展

『相去 〜あいさり〜
2021年11月2日(火) ~ 2021年11月14日(日) 12:00-19:00(日曜17:00迄) 月曜休廊

人はある時自分のルーツを知りたくなるものです。亀井義則もその一人で、幼い頃育った岩手県・相去に約40年振りに訪れました。当然その土地は過去の場所となり、亀井は訪問者となっていたことに改めて気付かされます。

「時は過ぎ、そんな生活に慣れきった私は相去を訪ねる事にした。山奥にもコンビニがある時代だ。少しくらい便利になっただろうという期待は外れ、廃墟となった商店が連なり、人を見かける事も殆どない。父が勤めていた工場だけが煙を吐き続けていた。至る所が舗装されて余計寂しさに拍車をかける。友達の行方は知れず、地元の人とすれ違っても、どう話しかけたら良いのか分からない私の想いとは関係なく、過去の住処は薄れゆく思い出のように、ひっそりと土に還るのを待っているようだった。」

*ステイトメントより

亀井義則 かめいよしのり
1966年東京出身 バライタ印画紙「月光」の製造開発に関わっていた祖父の影響で写真を始める

2010年 第10回 リコー フォトコンテスト 「new angle , new day ~私の視点~」 優秀賞

2012年 個展 「巴里 ~光との出会い~」 下北沢 BALLON D'ESSAI

2013年~17年 グループ展 AYPC(ALAO YOKOGI PHOTO CLUB)「DEARLY DAYS」

2019年 リコー「GR LIVE!東京」出演

2021年 GR☆Clubグループ展「架空の街〝G〟」

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© 2021 Yumi Ishino

Upcoming Exhibition

石野祐美写真展

『臍の緒』
2021年11月30日(火) ~ 2021年12月12日(日) 12:00-19:00(日曜17:00迄) 月曜休廊

「私は母の事が嫌いだ。

 母はフィリピン人で首都のマニラで生まれた。何人かいる兄弟の長女で、勉強や家事のかたわら、下の子たちの面倒を見て、仕事の手伝いまでしていた。家族が多く生活が大変だった中、家計を支えるため日本に出稼ぎに来た。不法入国し、不法就労だったが、フィリピンパブで働きながら日本語を覚えたという。そして父と出会い、結婚。私が生まれた。昔は母の事が好きだった。私が幼い時もフィリピンパブで働いていたが、化粧をしてきれいな服を着た姿で仕事に行くのが自慢だった。

 

 私が成長期になり、胸が膨らみ始めると、母は異常に私の体を触るようになった。さらに言動までも不快感を覚えるようになった。それから私は母への態度を変えた。触られれば突き飛ばし、罵声をあびせた。だが、やめてくれることはなかった。嫌がる私に反して、母は徐々にヒステリックになり、怒鳴ることが多くなった。母も私も異常なまでに執着し、関係も壊れていった。

 

 母は突然、家を不在にしていた時期が一年か二年ほどあった。家の中は母であふれていて、母がいない空間であるはずなのに、常にいるような感じがしていた。父と一緒に母の服やカバンをたくさん捨てた。まるで母が死んだかのように。それまでは母のいない空間を撮りためていた。母が帰国してからは、それはひどく怒られた。

 

 母の私物や家の中を撮影することが多く、なかなか本人を撮る気にはならなかったが、一年ほど前なんとなくカメラを向けてみた。私と母の間に何かつながった気がした。それはきっと親子である「血」だろうか。私と母の今の関係は何かと聞かれれば、それは今もわからない。ただ、昔へその緒でつながった母子であることには間違いないのだ。」

石野祐美 いしのゆみ

1995年生まれ。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業。在学中に母親を題材にした作品を撮り始める。日本写真企画で編者として勤務後、写真家として活動を開始。PITCH GRANT 2021 ファイナリスト。