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オルト

鶴巻育子写真集

作家メッセージ

1 隣にいる人

2 ※写真はイメージです

3 見ることとは何か

インタビュー 大沢郁恵さん

インタビュー 末棟武虎さん

インタビュー 難波創太さん

プロフィール​

2 ※写真はイメージです

 「私の目ってロマンチックだなって...」

 網膜色素変性症という疾患を持つ女性が放った言葉だ。彼女は幼い頃から夜盲の症状があり、よく物にぶつかっていて周りからドジと思われていた。現在は右目が手動弁、左目の視野は1度程度で、日によって水滴のような模様が現れたり、以前は星が輝くような現象も起こっていたそうだ。そのためよく星の夢を見ていたという。彼女はそのような目の症状についてロマンチックと表現した。

 私は視覚障害者の人々と関わるまで、白杖を持つ人は皆、全盲だと思い込んでいた。病気や事故による中途障害は先天性と比べて割合が多く、視力障害以外にも暗い場所が見にくい夜盲、特定の色が判断できない色覚障害、視野が狭くなる視野狭窄、視野の所々が欠けている視野欠損など障害はさまざまである。同じ疾患があっても個人個人で症状は異なり、体調や時間帯によっても変化する。例えば、視力は正常でも視野は5度以下という人もいる。視野5度というと細いストローをのぞく程の狭さである。視野狭窄がある人は、顔を上下左右に振りながら周囲の状況を把握している。視野欠損の場合、目の前にあるモノを見過ごしたり、突然人が飛び出てくるように見えることがあるという。また中途障害の人は、見えている部分に見えていた頃の記憶が混ざり合い、脳が勝手にイメージを形成してしまうこともある。一見晴眼者に見える人もいて、スマートフォンを操作していると見えていると誤解される場合もあるらしい。

 

 視覚障害と言っても一括りにはできない。様々な症状があることを多くの人に伝えたいと思った私は、見え方を言葉で説明してもらい写真で再現しようと試みた。彼らは詩的な言い回しや比喩的な表現を使って説明してくれる。撮影を進めていたある時点から、私の写真が実際に彼らが見ている世界を再現できているのかという疑問が浮かび始めた。彼らはわかりやすい表現、言い換えれば私が理解できる言語に翻訳して伝えてくれたに過ぎず、複雑な見え方を言葉にするには限界があり、私が作ったイメージを彼らと共有し検証する手段はないのだ。

 

 半ばあきらめに近い感情を抱きつつ、私は再現する事にとらわれず彼らの言葉そのものを純粋に写真に落とし込むことにした。当然、それらのイメージは彼らが見ている世界とは異なっている。そもそもコミュニケーションにおける認識のズレは、相手が誰であれ起こり得る。また人が頭の中に描くイメージが完全に一致することは稀である。私は辿り着きようもない正解に固執したり、他者との認識のズレに違和感を覚えることをやめることにした。彼女のロマンチックな世界を見ることは不可能だが、彼らの言葉を介して、自分の知識や思考だけでは到達できなかった世界をのぞくことができたのだ。私たちは知らない領域に関心を寄せることで、新たな境界を超えられるのではないだろうか。


網膜色素変性症…網膜に異常がみられる遺伝性、進行性の疾患。国内での発症頻度は4,000~8,000人に1人程度と推定されている。夜盲、視野狭窄、視力低下が特徴的な症状がある。数年あるいは数十年かけて進行する。

手動弁…目の前で手を振ったときにその動きがわかる状態

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